久間防衛相「原爆投下はしょうがない」 大学の講演で
防衛相「原爆投下はしょうがない」 大学の講演で
以下、Sankei webから引用
久間章生防衛相は30日、千葉県柏市の麗澤大学で講演し、昭和20年8月9日の米国による長崎への原爆投下が、終戦を早め、旧ソ連による北海道侵攻を防いだとの認識を示した上で「原爆を落とされて本当に悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったのだと、そういう頭の整理で今、しようがないなと思っている」と語った。
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久間大臣、さっそく、野党からの猛反発を受けてますね。罷免要求を、などという意見もあがってます。(^_^;) 久間大臣はときどき、物議をかもし出す発言をされてますね。柳澤厚労相にもありました。例の「女性は子供を産む機械」うんぬんという問題発言でしたね。
官僚や閣僚は、公僕の代表として、国政の中枢部に位置する人物として、発言には気をつけていただきたいのですが、講演会などでは、熱く語りすぎて、ついつい、本音が出ることもあるでしょう。こういった報道でいつも思うのは、部分的なその発言のみを捕らえて、前後の話の流れを無視して国民感情をあおっているということですね。(-_-;)
小生も、被爆都市長崎市に生まれた人間として、また、被爆者の親戚や被爆地で死亡した親戚を持つ人間として、兵器としての原爆使用は断固反対です。太平洋戦争を終結させる手段としてアメリカは原爆のほかに本当に戦略はなかったのかという疑問はあります。
しかし、当時、米軍はついに、沖縄侵攻をすすめ、いずれは、本土決戦は必至の状況でした。本土決戦になれば、本土の日本国民はもっと死亡・負傷していたでしょう。戦争は殺し合いです。そういった状況では、何が良いとか悪いとかは、分かりません。チャプリンの殺人狂時代という映画でも「一人殺せば悪人だが、百万人殺せば英雄だ。」という有名なセリフがありました。原爆は、対日戦争終結の手段としては、米国に言わせれば確かに「しかたなかった」のでしょう。米国の最新兵器としての実験の意味もあったと思いますが。広島原爆はウランですし、長崎原爆はプルトニウムでしたからね。実験の意味で大量破壊兵器を使用されては、たまったものではありませんが、当時はそういうやり方も、国際的に是とされていたのでしょう。捨て身の覚悟で、自国の艦船に突入してくる特攻機を目の前にして、米国は一国も早く、戦争を終結させたかったに違いありません。そういう意味からも、原爆の使用に踏み切ったのでしょう。もし、原爆を使用しなければ、どうなっていたのでしょうか??いろいろと考える必要があります。もし、原爆を使用せず、戦争終結が長引けば、日本全土は連日の爆弾で焦土と化し、ロシアの北海道侵攻があって、強盗、強姦、略奪が横行したかもしれません。日本自体が消滅したかもしれません。戦争はどちら側にも言い分はあります。どちらも自国が正しいと考えています。そこら辺りを十分に考える必要があります。
いつもここぞとばかりに攻撃してくる野党にもよく考えてもらいたいです。なぜ太平洋戦争(大東亜戦争)が必要だったのかということも含めて。
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